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愛されジョーズ

music writer 上野三樹

大塚愛『LOVE HONEY』、全面支持。

知人の女性がいつだったか話していた、こんな言葉が頭の中にひっかかっていた。「世の中は芸能人や政治家の不倫だとかって騒いでるけど、実際は旦那が浮気したってそんなに大きな問題じゃないって私は思うんだ」。そしてこうも続けた。「日常の中で私たちはもっと別のところで傷ついてる」と。

これはなかなか深みのある話で、実に夫婦間のリアリティを捉えているのではないだろうか。たとえば相手との関係において許せないことがあって、だけどこの毎日をしっかりと続けていかなきゃいけない時、どんな風にその気持ちを抱えたまま乗り越えていけばいいんだろう。そんな課題があることが恋人と夫婦の(特に子供がいる夫婦の)関係性の大きな違いなんだろう。簡単には終わることなんてできない。どんなに仲が良さそうに見える夫婦だって色んな想いや問題を抱えてる。

そんなことをぼんやりと考えながら「だからこそ私たちには音楽が必要だ」と思った。女同士で心の深い場所でわかりあいながらも、ここではないどこかへ連れて行ってくれて、とびきり楽しく甘い気分にさせてくれるような。

4月12日にリリースされた大塚愛さんのアルバム『LOVE HONEY』はまさにそういう作品だった。

私は彼女に過去3度ほど取材させてもらっている。デビュー前にエイベックスでまだキャピキャピとしていた彼女に会ったのが最初で、そこからすぐにブレイクを果たした後に少し落ち着いた大人の女性になった頃、そして出産を経て更に明るく柔らかなオーラを纏った彼女に会ったのが1年くらい前かな。女性としても大きな変化を遂げながら、彼女の芯の部分には、いたずらな笑みを浮かべる少女がいつもいて、幼少期からピアノと寄り添ってきた特別な想いや、音楽を生み出すことがひたすら好きなクリエイターとしての情熱があって、そこはずっと変わらずに持ち続けているように思う。

音楽的には前作『LOVE TRiCKY』でダンスポップやエレクトロを取り入れていたけど、今作『LOVE HONEY』はそれをもっと自分自身の中に落とし込んでフィットさせながら、軽やかなのに濃厚なポップ・ミュージックを曲ごとに大胆なアイデアを盛り込みながら披露していく。例えば、ちょっぴりオリエンタルなトラックに乗って1曲の中で表参道や中目黒、下北沢から吉祥寺、更には下町のほうまで東京じゅうをお洒落して歩き回る「TOKYO散歩」。80年代シンセ・ポップ調のミステリアスなムードの中で恋をする時の女性の密やかな想いを歌う「make up」など現実逃避願望を満たしてくれるような楽曲も多い。そしてジャズの熱気に満ちたサウンドと大人の色香を感じさせるヴォーカルで《グワグワグワ ゲロゲログワ》なんて歌う「FrogFlag」も実に彼女らしいが、何とも意味深なフレーズが多いのもこの曲。

雨の夜 あたし嘘ついたの

あなたにまだ隠していることが沢山ある

墓場まで持って行くつもりよ

欲しいのはただ一つだけよ

それはあなたじゃない あぁ

 

「FlogFlag」 

 

聴いていて心ごと持っていかれるような踊れる曲が多いし、かといってただの空騒ぎなんかじゃない。“わかってる”大人の女性のための音楽を生み出そうという意志がここにあるんだろう。それが伝わってくるからこそ、私たちはこの音楽に没頭することが出来るし、ふと零れ落ちたような彼女の言葉に、深く頷くことが出来る。そしてラストのバラードがしみじみと切実かつ最高な気分をもたらす。

 

冷たい風にさえ 勝てそうにもない

だけど何かのせいにするつもりもない

誰かを羨んだり 妬んだりしても

ここが晴れ渡って 笑えるわけじゃない

 

それならおチビちゃん この傘どうぞ

君が笑ってるなら それだけでいい

 

「日々、生きていれば」 

 

毎日の中で色んなことが起こるけれど私たちはときどきただひとりの私になる時間が必要で、このアルバムを聴いている時間は、私たちがただの私であることを許してくれる。甘いスイーツを口にしたり、美しいハイヒールで出かけたり、柔らかな雨音に耳を傾けたりーーそんな、ちょっぴり疲れた時に心が求める魔法のような瞬間がギュッと詰まっている。

 

youtu.be

 

このアルバムの発売直前に、あのニュースが世に出てしまったわけだけれど。何となく、制作中から彼女はわかっていたんだろうと思う。

女性としての魅力にも母親としての強さや優しさにも溢れている今作。大塚愛はどんな時にもユーモアと果敢なチャレンジ精神で音楽に向き合える素晴らしいクリエイターであり、そして自分自身に起こったドラマをその時々で楽曲に映し出すことができるタフなシンガーソングライターであることを証明している。

 

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