愛されジョーズ

music writer 上野三樹

『べっぴんさん』終了、全く走らない朝ドラヒロイン。

遂に朝のNHK連続テレビ小説『べっぴんさん』が終わった。このドラマの主人公は子供服メーカー『ファミリア』の創業者がモデルで神戸を舞台に繰り広げられるということもあり、興味を持ってずっと見ていた。私自身、神戸には親戚がたくさんいて、娘にとても可愛い『ファミリア』のお洋服やグッズをいただいたりすることもある。終戦後に子供たちのための服メーカーを立ち上げるという、そこにどんな物語があるのだろうと期待していた。しかし実際の『べっぴんさん』は“女性創業者の奮闘記”めいたものを期待していた者には少々、物足りなかったのかもしれない。主人公のすみれはとても穏やかな女性で、何かアイデアを思い付いても衝動的に走り出すどころか、『何か……何かな……』と口ごもる。思えば前回の朝ドラヒロイン『とと姉ちゃん』は、何かにつけて全力疾走していたイメージがある。妹のお弁当を届けるために橋の上を全力疾走していたシーンはとても印象的だったし、年老いた設定のラストシーンでさえ彼女は「原稿いただいてきます!」的な感じで走っていたのだ。しかしどうだ、すみれってほとんど走らなかった。夜中にデパートで作業していて館内に閉じ込められたりしていたが、その時も大して焦らず、朝まで寝ていた始末。走らない焦らない追い込まれない朝ドラヒロインだったのである。そのぶん観ている側もドキドキしたり手に汗握って応援したりする必要がなかった。すぐに結婚してしまったので恋焦がれるような想いすら視聴者に疑似体験させてはくれなかった。そのぶん、娘のさくらが東京に行くだの何だの家出&失恋騒動を盛り込んだものの、こちらとしては親目線でやきもきしただけで共感も同情もすることができなかった。このあたりはどうだったんだろう。さくらの恋愛よりも悦子様と小山のなれそめをちゃんと描いて欲しかったっていう声を見かけたけど(笑)、まあ確かにそうかもしれない。

想いが伝わるような誰かにとっての『べっぴんさん』を作りたい。すみれが幼い頃にそう志した時からじっくりゆっくりとそれを守り抜く、その人生を丁寧に追った。そして最後にすみれが語ったのは「一生の友達でいてくれてありがとう」、なのである。そっか、この作品が一番描きたかったのは4人の友情ドラマであり実はそれ以上でも以下でもなかったのかもしれないな、と。例えば現在『ファミリア』で働いている人が毎朝見て「よし、今日もがんばろう!」とか思うタイプのものじゃなかった、っていうの、何かむしろ面白い。
ちなみに35周年記念パーティの後に、さくらが小さい頃にお手玉にしてもらった小豆でお赤飯をたいて持ってくるシーンがありましたが。横で見ていた義母が「小豆なんて去年のものでも固くなってるわよ」と言ってました。栄輔さん……美味しくなかったんじゃ……。つっこみどころ満載ながら終わっていった『べっぴんさん』。私が好きなシーンは、クリスマスの日に靴屋の浅田さんがお店の前でひとりミュージカル風にクリスマスソングを歌ってくれたこと。あの場面は今思い出しても、心が温かくなります。